
香川県土庄町豊島(旧豊島村)に持ち込まれた「有害、有毒な産業廃棄物」はついに島外にもちだされることになった。
豊島に住む人々の1975年から27年にわたる血の滲む戦いのけっか勝利をかちとった。
この戦いは「産廃」のもたらすものは何なのか!
いま、日本中の人々に何が大切なのかを教えてくれた。
これから豊島は瀬戸内でいちばんすてきな島へと生まれかわろうとしている。 |
はじめに
「瀬戸内海の自然と景観」の美しさは、19世紀に日本を訪問したオランダ商館随行フイッセルやオランダ商館付医師シーボルトに「世界一の風景」として絶賛されてきた。180年ほど前のことである
しかし、日本の近代化の中で、この美しい瀬戸内海は、大きく変貌し、産業や軍事基地として拡大され、自然も荒れ果ててきた。戦後の急速な発展の中で海の埋め立てが進み、「港」は貿易・産業の基地として自然は大きく破壊され続けている。
今日の瀬戸内海は海砂の乱掘、「関西新空港」建設による埋め立てとして土砂岩石が持ち出された。 跡地の自然景観の破壊だけでなく、沿岸漁業や養殖漁業なども壊滅的な被害をもたらしつつある。
この美しい瀬戸内海に、豊かな島と書く「豊島」(てしま)がある。小豆島の西方3.7km、面積19.8Ku、人口1427人の中規模の島である。この島には25000年前の頃の石器や古墳もみつかっており、古代のロマンを秘めた島である。
関西新空港への埋め立て用の土砂の採集地跡豊島北岸地域に関東、関西など、全国各地から、また、一部海外からも有害、有毒物質が持ち込まれてきた。およそ50万トン以上の量です。
豊島の人々は、1975年12月頃より反対運動を繰り広げて来た。暴力を背景とする産廃業者に脅され、暴行も受けた。
1975年以来島民は長い粘り強い戦いを続けて、ついに勝利を勝ち取った。
豊島住民は「産業廃棄物持ち込み絶対反対豊島住民会議」を結成し、血の滲むよう行動を繰り広げた。組織は1994年4月に組織改正された。
またこの運動を支えた弁護団団長に中坊公平と大川真朗、日高靖司、岩城祐、豊島時夫の5氏、その後岡山、広島、香川の弁護士も加わり14人の環境破壊弁護団が結成された。
いま、この50万トン以上の「産廃物」はおよそ500億円以上の費用をかけ、10年余に及ぶ年月をかけてとなりの「直島本島」(三菱マテリアル直島精錬所)に運んで「処理」する事になった。いま豊島では、桟橋の建設が急ピッチで進んでいる。
直島にはこれから「産業廃棄物」が全国から集められる。産廃物を処理して資源化をするという事である。海水や大気、土壌の汚染が防げるか否か。これまで、大正6年以来85年ほど、公害で汚れてきた。直島本島と周辺の島々の自然と海を再生しなければならない。
いま、地球環境問題が重大な段階に差し掛かっている。私たちにできる事は大気・水質・土壌の汚染を防止し、後世のためにかけがえのない自然と環境を守ることだ。
美しい自然を再生してゆかねばならない
2004.1.5 |
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