イサン 22代王 李王朝最期の聖君・・。

今韓国ドラマが沢山放送されていますね〜
びっくりです。
こんなに多くのドラマが 多くの俳優さんと
多くの歌手の方が海を渡り紅白まで出る昨年の暮れ
色んな歴史がこの時代を作ったのかな〜とおもいます。

さてさて・・香港映画などの紹介ではないのか!
そういわれそうです・・・が ちょっと気になって
見始めて終わらないこの 
イサンを紹介します

聞くところによると、長く放映されているそうで
初めから韓国のファンの方などには、あー今更?と
いわれそうで・・・。

ちなみに
朝鮮三国志といわれる物語も
時折されています。
高句麗 新羅 高麗といった中国では明時代のお話で
中国と交易が盛んだったのでしょう

日本の飛鳥時代〜平安時代を思わせる衣装や
絢爛豪華な装飾品もまた見所の1つです


朱豪(チュンモン)と言う高句麗の創始者として
また小さかった国高句麗を大きくし三国志のような
お話ですが統一したという事でも有名です。

これも王になるまで長い物語ですが
見所が沢山あるのでお勧めですよ♪


これちょっとした歴史の勉強にもなっています。

大韓民国=韓国には その昔(といっても最近まで)
李王朝という 皇室があったそうです。

それは日本の時代で室町時代にさかのぼる
応仁の乱から始まり イサンがいる頃は江戸時代〜そして
最期の明治
で終焉を終えるそうですが、“最期の李王朝の皇子”と
いうTVドラマがあったとおもいます。

この皇子がイサンと言う王の子孫に当たる方
奥様は日本の皇室からと言うことです。
(少しアバウトに・・。)

どこの国でも政権争い、派閥争いはあったという
お国事情がこのドラマでも描いてあり イサンと言う人も
少なからずこの派閥争いに巻き込まれながらも、改革をし
韓国を作った王様だったそうです。

時は1776年〜英祖という王様に 息子、壮祖という人がいまして
その息子がイサン正式名(正祖 チョンジョと呼ぶそうです)
なのですが、時の派閥争いの中で父、壮祖と言う人が
その派閥争いの中で亡くなる事になり、罪人の息子と言われ
叔父になる英祖は景祖の養子にと言う形で、守ろうとし厳しく
王の座をと心に秘め、育てていくのですが、それを狙う大人たち
それを守る大人たちの攻防も描かれています。

このとき皇太子(殿下)=世孫の正祖(イサン)
老論派(ノロンは)という19代王 粛宗(スクチョン)のときに
チャンヒビン氏という側室の方が陰謀を働いて
追われるところを救ったとされる派閥があり、そのとき
南の人と書いて南民(なみん)出身であったため
(チャン氏という側室の方)排除され
その中で王室の中に入ったといわれてます。

英祖は先妻に先立たれ
後妻にその老論派(のろんは)というなかから
貞純(チョンス)という
女性を向かえ王妃にしますが、この英祖と言う王は国民の事を考えたりし
日々忙しくしていたので、子供いない
貞純(チョンス)王妃は次第に
次の王を見据え権力を欲しって以降とあれこれかくさくする中で
イサンの父はその犠牲となるのでした。


そしてその企てに
英祖の娘 ファワン妃というイサンからして叔母
当たる人もこの陰謀の企てに入りこの妃の、後に
養子となる息子に
王をつがせようとする企てもあり、
入り混じったなか時間は進みます。
ドラマもドンドン佳境に入っていきます

壮祖という人の息子イサンはその派閥から色々な罪を着せられ、陰謀に
翻弄され幾度となく殺されそうになりながら
イサン(皇子)であった彼を
助けていく側近や部下などが現れている中で李王朝の策士
孔明と言われた人間と言う事もあるそうです。
野望と画策とが互いにある洪栄国(ホングギョン)言う人物に会い
あれこれと難を逃れながらついに、王の戴冠式までを迎えます。
その夜、新しき王の命を狙う事件があり、どこまでも殺戮と陰謀の中で
改革をしていこうと、試み人材育成などに力をいれまいした。

その後権力を持った 洪栄国(ホングギョン)
外戚(王の親戚)となり自分の妹を側室に向かえさせ
そしてその妹が偽妊娠事件を起こし亡くなると 理性をなくし、
イサンの王妃に毒薬を飲ませるという
未遂事件をし大罪人として追放され、病に倒れなくなるという
最期を迎えます。イサンと共に見るその夢を見ることなく
この人もその貞純王妃の“王様のために“と言う言葉に翻弄され
最期をイサンに看取られるという
結末を迎えます


チョンャギョンという青年にも後半めぐり合い、韓国の世界遺産
南大門、ファソンと言うところある建物などを父の墓石とともに
都を移すという形で今の韓国に遷都しますが、皮膚の病気が悪化し
病に倒れ夢なかばで倒れてなくなるという王です。



洪栄国(ホングギョン)が亡くなる前に記載した検案を
資料を基に軍の編成など改革します。
サンは二度と追い詰められないように自分の護衛をする
部下を自ら選びそばに置くことや国を守る軍を作るという
偉業を成し遂げるそうです。
ですが・・病に勝てず1776-に生まれ1800年に息を引き取ります。

その間に日本では豊臣政権がなくなりその前にあった
文禄の役などのことで、外交が途絶えていたこの隣くにと
朝鮮通信使などを送る事もこの時代の先代の先代の王が
徳川幕府との外交で成し遂げるなど、李王朝の時代の中でも
時に日本との争いもあったということで、イサンの時代にも続き
清へ使節団を送り沢山の情報を国にいれ、日本と 清と言う大国の
なかで対等に外交をするといった姿勢も、見せています。

李王朝の中で起こっていたもろもろの日本の豊臣政権の文禄の役など
大きな事件として取り上げている事は、王朝の歴史のと共
に残ってるそうです。

さてざっと〜お話しましたが・・・彼が死んでから100年もたたず
崩壊したそうですがそのきっかけとなったのは先ほど陰謀をめぐらした
貞純王妃(チョウンス王妃)が
御簾政治(みすせいじ)と言う形で幼い王をあやつり
イサンが改革をした政治家を流刑や毒殺などし、時代を後戻りさせた事

王妃が倒れてからその一族がこの国を自分たちの一族で政治をしたと
言う事が、大きな原因となり住民と儒学生たちが怒り反乱を起こしたこと
で李王朝は滅びるのですが、この改革した
イサンと言う人の政治の
やり方は正当な政治をしていたと評価されているそうです。

李王朝は江戸幕府と同じ300年と言う月日を
政治を行われた最期の王朝であり、それは江戸時代の
終焉と異なりますが、色々変革しながら続いた王朝では
長いかとおもいます

滅びた李王朝・・そして明治という日本の夜明け
日清戦争とつづき、最期の皇子は日本へと・・
けど太平洋戦争が終焉を迎えたときこの皇子は
大人になり国へ帰って国のために働いたということ・・。

イサン正祖の精神は受け継がれたのかもしれません。

その想像は皆様にお任せします

イサンと言う韓国ドラマを通して見えてくるものがいくつか
政治家に権力とは?力とは?国をまとめる人間の
心理とは?孤独との戦いのなかにその見えないドラマが
きっとうもれてるはず・・・。


ざっとではありますが・・・・
いつか機会があったらちょっと韓国の昔の世界を
みてみてください。


このドラマを監督したのは日本の黒澤明と言われる
イビョンフンという方だそうです。

今トンイというTVドラマを放映されてますが
これもイサンを制作指揮した監督と言うことです。

それでは〜また〜




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