おはよう。さようなら。ありがとう。 と感謝しあって日暮しましょうやあ。 なんまんだぶ。なんまんだぶ。 |
ひとそれぞれ 05年11月 おかげさまで「ようこそのお電話」第2巻ができる見込みがたちました。 つたない物ですが、御報謝のおしるしにお届けさせていただきたいも のと、先輩方の住所を尋ねたりなどして居て、気がついたことなど、記し てみたいと思います。 シルクロードの友人。彼からはいつの頃からか、9月頃になると見事な 冬瓜が「報恩講にお供え下されば幸甚。シルクロードの冬瓜です」と送ら れてきたものです。(西安の市場で拾った種によるもの) それが、今年に限って音沙汰がありません。とにかくお見舞いの手紙を 差し上げました。ところが 父正司は去る九月三日転移性肺癌の為亡くなりました。 中略 合掌 とある返書を受け取ったことでございます。 最後にお話ししたのは、あの物凄かった暴風雨のあとのことでした。 「お寺の屋根が破損して大変な被害でした。大層な費用がかかることで しょう。私の生涯の大仕事として門徒一丸になって修復せにゃあなりませ んわい。これが私の最後の御報謝の仕事になりましょうて。」と、力強く総 代としての覚悟を語っておられました。 若い時代の友人 若き時代の友人は殆ど居なくなった。ということは年をとりすぎたというこ とであろうか。 それも、満鉄時代の友人ばかりで七五八八部隊の友人は皆無である。 知人が居たとしても星一つの違いで部下だ上官だった、などいまにくだら ん差別心をもっていられたのでは付き合いきれん。 年齢が上だから先輩などと言われるのは嫌だ。お互い友人なんだ。生ま れに前後があるというわけだ。お互いたいしたことはないんだ。団栗の背 比べだ。 諸友も、櫛の歯の抜けるように天国への移住者多く寂しくなりました。中 略ご期待に添えない点もあるかと思いますが名簿のコピーを送ります。略 なお、お尋ねくださった家内は仏の道をたどって11月16日で丁度3年に なります。寂しい限り以下略 ◎気になることがあるので、少し書いてみます。 1.天国への移住者。これは、どんな人でしょうか。キリスト教等、日本の神 道、儒教?等ですか。僕にはよく分かりませんが。 2.仏の道を辿るこれもどうも能く分かりません。貴方の御家の宗教(仏教) のように思われますが、若し、浄土真宗でしたら差し上げます小本をご覧 になって下さい。 ☆讃岐の庄松さんの臨終のとき見舞いに来ていたお同行が「庄松さんお 念仏は」尋ねたら 「それどころじゃあない、今は宿替えの真っ最中いそがしいいそがしい」と 言われたそうな。 さて、「先立つものは善知識」と、言われます。夫婦元気で居る時は、お互 いの健康を信じて一日一日を何となくふわふわと過ごして居ました。 ある夜ふと、ああ、連合は亡くなったんだ。と、本当に気が付いた其所か ら聞法の生活が開けてくることでしょう。 ◎縁により 聞法の生活が開けてくるであろう、と、申しましてもそれは、宗教による場 合と単なる癒しの団体の如きものである場合があると思います。 一人になった寂しさを賑やかにまたしめやかに語り合って癒されて帰って 来ます。あたりを見回したときやはり一人だったと現実に気が付きます。 お仏壇のない生活、心のより所のない人は哀れです。一人になったとき お仏壇のまえに座って合掌するのです。どこにいても一人ではないのです。 南無阿弥陀仏と一緒なのです。それが「仏の方よりということです」お仏壇の 前に座って南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏とお念仏申せばひとりではなかった とあんしんできますよ。 称名 三楽 |