ベアトリーチェは足元の、血塗れた体を静かに見下ろしていた。
 戦人である。彼の命はベアトリーチェの玩具だから、幾度でも彼を殺すことが出来る。だが、命はベアトリーチェのものでも、戦人の心を手に入れたことはなかった。そもそも、それは何処にある?

「んなもん、探してんのかよ」
 ベアトリーチェの意思を汲み取ったように、突然肉塊が口を利いた。
「何でそんなもん探してんのか知らねえが……どこ漁っても出てきやしねえぜ」
「悪魔の証明だなあ戦人。心に相当する細胞がないという証明は出来ぬぞ。大脳、中脳、小脳、脳幹、延髄、五臓六腑、どこを砕いても出て来なかったが、それでないと言い切れまい! そなたの細胞60兆個、全てを調べきるには、妾はあと幾度そなたを殺したら良いか判らぬのでなァァァ!」
「断言してやるよ。60兆回殺しても出てこねえ。悪魔の証明ですらねえよ。悪魔がどんなもんかも知らないで悪魔探しをしても、見付かる訳ないだろう」
「ふ、そなたにしては良い喩えをする。だが妾は構わぬよ、戦人。時間は無限だ。いつか偶然にも妾の前を悪魔が行き過ぎるやも知れぬ。妾はそれを捕まえれば良いだけ」
 心の形も色も何もかも知らなくても。いつか偶然、砕いた細胞が心かも知れないから。だからベアトリーチェは壊す、壊す、戦人を殺す。いつか心が見付かって、ベアトリーチェは戦人の心を手に入れられるかもしれないから。
「見付けて、手に入れて、その後は? どうすんだよ」
 声が今までとは違った。ひどく優しくなった、まるでぐずる子どもをあやすように。何となく居たたまれなくなって、ベアトリーチェは俯いた。 戦人の心を手に入れたら。魔女を認めさせて、骨の髄まで屈服させて、それから、それから――。
「……戦人?」
 急に戦人が黙り込んだので、ベアトリーチェは訝って声を掛けた。しかし、目の前には物言わぬ戦人の体。虚空を眺め続ける目は既に濁りきっていた。 当然だ、ベアトリーチェが殺したのだ。これで幾度目かも判らない。先程のは幻に違いなかった。

 ベアトリーチェは睫毛を伏せて、それから無表情で戦人の体をかき抱いた。ドレスや手を、戦人の血が汚したが、構わず強く抱き締める。 そうして、戦人の頭を、胸を、腹を膝を足を、手のひらで撫でてゆく。肌の下に隠れた何かを探すように。
「そなたの心を手に入れたら、そうすれば、妾は」
 私は私の記憶を、6年前の戦人の罪を、戦人の心に埋め込みたい。私を繰り返し苛んで、思い出す度に胸を軋ませるこの記憶、そっくりそのまま戦人にくれてやって、永久に罪の意識に溺れさせる。その罪以外の他の何をも、考えられないように。
「そうすれば妾は、作れるか? そなたの心に、妾の居場所を」
 だってもう、私はいつか負けるから。負けた私の居場所など、何処にもないのだから、せめて。
 不意に、頭に温かな手の感触。優しく撫でられた。
「……そんなもん、俺の心を手に入れたところで作れねえよ」
 戦人だった。馬鹿にするでもない、ただただ哀れみを含ませるだけの声。また幻。
「……では、妾はどうしたら良い?」
「……」
 答えは返らない。幻でさえも明確な答えをくれないから、ベアトリーチェはまだ心探しを終えられない。






2009.3.30

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