※戦人が事件の謎をあらかた解明して、魔女を否定した後の妄想(EP4前に書いたので多少矛盾あり)
「何を泣く戦人。勝ったのはそなただと言うのに」
しゃがれた声にたしなめられて、そこで初めて、戦人は自分が泣いている事に気付いた。笑われても、嬉し涙だと強がりも出来ない。
「そなたが魔女を否定し尽くし、結果魔女としての妾は死ぬ。」
裂けた肌から滴る赤い血が、豪奢なドレスを染め上げていく。ベアトリーチェの息は細く、足は立たず、手さえ緩慢にしか動かない。徐々に透けてゆく体は、魔女ベアトリーチェの存在をゆっくりとこの世から抹消するかのよう。否、まさに抹消する。戦人のこの世界は魔女を認めていないからだ。
「違う、俺はお前を否定したんじゃない……魔女じゃない、只のベアト、お前を」
「魔女でない妾なぞ妾ではない。妾の本質は醜くみずぼらしい、正視に耐えぬ俗物に過ぎぬ」
「……どうしたらいいんだよ、わかんねえ……っどうしたら、お前を」
この世界に繋ぎ止めておけるのか。
声にならない戦人のそれを汲み取って、ベアトリーチェがうすらと笑う。
戦人が魔女を否定した。ベアトリーチェが魔女たらぬ己を否定し続ける。そんな世界でベアトリーチェが存在する道理などない、そう嘲笑うように。
「……駄目だな、全然駄目だぜ……俺は」
憎かった。大切な親族を幾度となく殺した、飽きたらず命さえ弄んだ魔女。
抗って抗って、必ず起きる惨劇を回避すべくもがいたその先に明かされた真実。衝撃は計り知れなかった。
でも、それでも。
「愛がなければ見えない、か。うまく言ったもんだな。だから俺が言ってやる。俺は魔女じゃない、只のお前を、」
続く筈の言葉が消え失せる。戦人の唇にのせられた、ベアトリーチェの手のひらに溶けたかのようだった。
「すべてを知り、それでも尚そう言うか、戦人よ……」
溜め息と共に吐き出された声は侮蔑の音色。だが、そこに籠められた万感の思いの欠片を感じて、戦人は泣き叫びそうになった。こぼれかけた戦人の涙を指で掬い上げ、ベアトリーチェが笑う。滲んだ視界、ほとんど透明の彼女が顔を近付けたのが判った。
無意識に目を閉じた直後、唇にやわらかな感触が届く。
魔女が戯れや嘲りにと、幾度か交わした事のあった口付けではある。だが、これほど胸が張り裂けそうだった事はなくて。
「先ほどそなたが言いかけた言葉への返答よ」
唇を離して、ベアトリーチェが言う。何も答えられなかった。戦人は、自分が目を開いた時がきっと最期だと解っていた。だからずっと閉じていたい。けれど、彼女の顔をもう一度見たくて、結局戦人は目を開く。
あと少しで消えてしまうというのに、ベアトリーチェの様子は変わらない。血塗れて尚、死を静かに受け止めて毅然とした彼女は、最期まで確かに魔女であった。
「……さらばだ、戦人」
一言、ただそれだけ言い残して。
永遠のような長い間、戦人を苦しめ、憎ませ、そして愛させた千年の魔女は眠りについた。
2008.11