「おはよー」
 朝。爆睡中の颱斗を横目に起き出し、聖はリビングへ向かった。いつものようにそこには、文弥と霧子の姿がある。相変わらず朝が早い二人である。 丁度キッチンで紅茶を入れていた文弥の後ろを通り、聖は水道の方へ進んでいたが、不意に「あれ?」と言って立ち止まった。違和感を覚えたのだ。
「何、どうしたの」
「んー? おっかしーなあ」
 文弥の問いには答えずに、聖はぶつぶつ呟きながら、四方八方から文弥を眺め倒す。そして違和感が正しいと結論づけた聖は文弥に顔を近付けて言った。
「文弥、あんた背伸びたでしょ」
「……え、そうかな」
 指摘された文弥には自覚はなかったようで、きょとんと眼を瞬かす。だが、聖は「間違いないって」と繰り返し、手で自分と文弥の背丈を比較してみせた。
「ほら。前はあたしよりちょこっと小さかったのに、今はあたしのが低くなってるもん」
「そういえば……そうかも」
 納得して、文弥の表情が少しだけ明るくなる。だが、聖は何となく不満だった。会ったばかりの頃は、文弥が一番小さかったのに。
「なんか、悔しい」
「な、何で?」
「だって、文弥もこのまんまニョキニョキ背が伸びて颱斗みたくなっちゃうって事だよ?」
「いや、あんなには伸びないと思うけど……」
「そうかなあ。ま、でも、霧子の背は抜かすくらいにならないとね」
「……」
 何気なく続けた聖の言葉に、文弥の顔が陰る。そしてそのままの顔をして、自嘲するように文弥は小さく呟いた。

「背が追い付いたって、ぼくたちは変わらないよ」

 背丈の距離が縮んでも、心の距離は変わらず離れたままなのだと。文弥はそう言いたいのだろう。
 文弥とは長く一緒に暮らしているけれど、文弥の考えていることは未だ掴めない部分が多い。こと、霧子に関しては。
 でも、霧子を嫌いな訳はない筈だ。レイリアを疎む契約者などいないと信じたかった。だって、少なくとも霧子は文弥を想っている。 あからさまな態度や言葉がなくたって、同じレイリアである聖には判るから。
 だから言わずにはいられなかった。水をコップに注ぎながら、背中合わせに聖は告げた。
「でも、伸びたらいいね。颱斗と並ぶくらいになって、そんで霧子を見下ろしてさ」
 今の距離では言えない事を言えたらいいね。
 形にしなかった続く筈の言葉を、文弥はどれくらい汲み取ったろう。ただ、合わせた背中伝いに文弥が笑って、「そうだね」と頷いてくれたから、 聖の胸には温かい安堵が広がった。





2006.4.25

BACK