2004.11.13(土) 18:30

 

日増しに寒くなり、秋らしくなりましたね。

ということで、今日は岩国市横山の紅葉谷公園へ、久しぶりに愛機(ペンタックスの一眼レフ)を持って、紅葉の撮影に出かけました。

日中は観光客が多いので、朝7時起きで、現地へは8時入りです。(趣味だったら早起きできるものですね。)

案の定、観光客は居なかったのですが、地元の皆さんが結構散歩してらっしゃいました。まぁ、撮影の邪魔になる程ではありませんでしたが。

紅葉の方は色づき始めたばかりで、まだ五分咲きというところでしょう。まぁ、これは折込済みで、個人的に真っ赤な紅葉も良いけれど赤と緑のグラデーションも良いかなと思っての今日の撮影へ臨んでいます。静物撮影ということで三脚にレリーズを用意し、現場に乗り込みました。ちなみにレンズはタムロンの28o−200o。今日は撮影現場が谷間で暗いということで、フィルタは使いませんでした。

現場にはまだ斜光で朝日が入ってきており、明暗のコントラストや葉を透かしてみたりと色々と挑戦でき、(結果がついてきているかどうかは別として、)現像があがってくるのが楽しみです。フィルムはポジを使っているので、ネガと違って現像に時間がかかります。出来上がりは火曜日とのことでした。デジカメの時代に、この遅さは驚きですね。まぁ、それが楽しみと言えば楽しみなのですが。

参考までに、デジカメで撮ったスナップも載せておきます。

 

撮影は約一時間で終了、その後は横山地区の歴史散策です。

最近、時代物ばかり読み漁り、「鬼の爪」なんかを観に行って、すっかり時代物熱にのぼせております。いつか時代物を書きたいと思い、地元“岩国藩”の文献なんかを調べている今日この頃で、今日は横山に来たついでに城下町を散策しました。

狭いエリアなので、まず、撮影場所の紅葉谷公園から香川家長屋門へ。香川家長屋門は岩国藩家老の香川氏の屋敷の門で、立派な長屋門が今も残っています。

次は、重要文化財の目加田家住宅です。この目加田家住宅は岩国藩の中級藩士である目加田氏(170石)の屋敷で、殆ど当時の状態を保っているという屋敷です。実は何度もこの前を通ってはいるのですが、今まで覗いたことはありませんでした。ということで勇んでいってみたのですが、開場まであと30分。しょうがないので近くの徴古館(市立歴史博物館のようなもの。)に行って時間を潰すことに。今やっている企画展は「銘石展」、無視して書籍コーナーへ、最近「岩国藩財政史の研究」、徴古館所蔵の古地図による地図展の図録「絵図で見る岩国展図録」、廃藩時の岩国藩家臣団の分限帳である「旧岩国藩御家人帳」を買ったのですが、今日は岩国錦見地域の地誌「改訂求邇雑記」、岩国沿革志の中の事実談や変死に類するものを他の資料から集めた「続・岩邑怪談録」、熊谷秋雨が種痘医として柳井津へ行った時の日記と江戸幕府の命で編纂した岩国藩内の産物目録「改訂柳井種痘日記・周防岩国産物目録」をゲットしました。いずれも漢文から書き下し文に直しただけの文章なので難解です。ボチボチ読み解いて、小説のネタにでもしたいものです。

徴古館で時間潰した後は、岩国藩の御館(藩主の屋敷と執務室や御用所のあったところ)跡の吉香公園の中にある吉香神社を見学し、先ほどの目加田家住宅へ。今度は開いていたので、今度はじっくり観察しました。玄関の式台やなんかも知識としては知っていても見るのは初めてです。いやぁ、リアルですねって当り前か。勉強になりました。デジカメで撮りまくりです。

ということで、午前中はこれで一先ず引き上げましたが、未だ時代物熱覚めやらぬ状況で、昼からは近所の図書館へ。天保7年(1816年)の横山地区の地図(コピーっぽいですが。)と、安政年の御家人帳(これには先の御家人帳に比べ、結構解説がありました。)、そして岩国藩という書籍を借りてきました。

色々と文献を読んでいる最中なのですが、未だに岩国藩の職制等がハッキリしません。当時の軍事態勢下の番方(大組、御陸組、御小人組など)と、行政機構としての役方(御用人、御目附、勘定役など)とが判然とせず、これに家格が絡んでおりよく分からないのです。まぁ、ボチボチ整理して、整理できれば(自己満足のために)ホームページに成果をアップしたいと思います。

それと、この地域の古い絵図が欲しいのですが、なかなか無いものですねぇ。図書館のは禁帯出だしなぁ。

 

と言うわけで、俄か郷土史家となっておりますが、小説が先か知識欲が先か判然としません。

デジ社の原稿はもう一本書きたいのですが、やっぱ無理かなぁ。

何はともあれ、今日は時代物の新刊の文庫も二冊買ったことだし、色々充実した一日でした。

 

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