「忘れさせてやるよ……」

「えっ……?」


香には意味が解らなかった……その言葉の意味が。

しかし、考える間もなく香の身体はフローリングの床に組み敷かれていた。


「ちょ…ちょっと……撩!!」

「忘れさせてやる……俺以外の男のことなんか!!」








【Memories V】








冷んやりとしたフローリングの床が、押し付けられた背中から体温を奪い。

ゾクゾクとした冷たさが背筋を這う。

奪われた体温を補おうとする筋肉が震え、熱を起こそうとする。


「寒いのか……?それとも……」


脅えてるのか?

震える香の身体を弄りながら、撩は底意地の悪い笑みを浮かべる。

その両方だと、香は思った。

ギラリと輝く獣の瞳に射竦められ、また震える身体。

そんな、香を見下ろすと。撩は己の体温を分け与えるように体重を落とした。


「や…やだ!!……やめ……っ!!」


組み敷かれた香は必至に抵抗する。

寄せられる唇を身を捩って避け、逞しい男の身体の下から逃げ出そうともがいていた。

何時もなら、優しく始められるそれ。

しかし、感情に支配された男にそんな余裕がある筈も無く。

思い通りにならない香への苛立ちを含め、益々荒々しくなっていくのだった。

逃げ出そうとする身体のマウントポジションを取り、その動きを封じると。

白シャツの合わせ目に手を掛け、一気に引き裂いた。

陽の光の下に白い肌が晒され、あっという間に豊かな乳房が解放される。

香は慌てて、その胸元を隠そうとするが。それより早く、撩の唇がその行動を封じた。

まるで、キャンディーにしゃぶり付くかのような卑猥な舌と唇の動きに翻弄され。

何時しか、香は抵抗することを忘れていた。





散々、流され……啼かされ……気が付けば。





リビングは薄闇に支配されていた。


「撩の……バカ。」


眠っているのか……狸寝入りしているのか。

背後から自分の身体を抱き締めたまま、瞼を閉じている男に香は小さく悪態を吐くと。

唯一、自由になる腕を視界の片隅に映る、握り潰された金ボタンに伸ばした。

だが、その手は届くことなく、男の逞しい腕に絡め取られた。


「まだ……あんなモンに未練があんのか?」


蔦のように絡みつく四肢にグッと力が込められ、香はその苦しさに思わず呻いた。

その声を聴き取った撩が力を緩めると。香はその腕の中で身体を反転させ、撩と向き合った。


「じゃあ……アタシは……どうすればいいのよ?」

「何が……?」


己の質問に答えるのではなく、投げかけられた疑問に撩は眉根を寄せた。


「リョウ、、、が……」

「……俺が?」

「撩が……」

「俺が、なんだよ?」


口篭る香の先を促すように、撩がその言葉尻を繰り返す。


「撩が……今までに抱いた女に…どれだけ嫉妬すればいいのよ。」


幾ら鈍い香でも、流石に気付いていた。

撩が自分の過去の思い出に嫉妬しているのだと。


「…………」


それを言われると、撩には返す言葉が無かった。


「もう…顔なんて覚えてない…でも……大切な思い出なの……よ。」


そう言って、香は俯いてしまった。


「……悪かった。」


撩は無残に潰れた金ボタンを手に取り、そっと香の手に握らせると。

香の思い出を踏み躙ってしまった事への謝罪を含め、優しく抱き締めた。


「ねぇ、撩……?」

「ん……?」


暫く、無言で抱き合っていた二人だが、気まずい雰囲気を壊すように香が徐に口を開いた。


「……憧れと……恋は違うのよ……?」

「…………」


その言葉の真意を探るかのように撩が静かに耳を傾けていると。

やや、間を置いて。

香は……消え入りそうな声で呟いた。





「アタシが……本気で恋したのは………アンタ…だけよ。」