《 Loss of Memory 》

このお話は 777HIT サチ様より
「記憶喪失になった撩…甘甘で」
ということでリクエスト頂きました



目覚めた時、オレには記憶…というものが無かった。



誰の名前だか解らないが、その名前を呼ぶ優しい声に導かれるようにオレは目覚めた。

闇から覚めたばかりで白熱灯の明かりがイヤに眩しかった。


 「撩!! よかった。」


逆光でシルエットとなって、声の主がよく見えない。

握り締められたオレの手にポタリポタリと落ちる涙の感触。


 あぁ、この女だったんだ。


眠っていた、オレにひたすら話しかけていたのは。

おかしなもので、身体は眠っているのに五感だけは、いやにクリアで…

握られた手の温もりと、耳元で優しく囁く声がオレを導いた。

眩しさに慣れた瞳に映ったのは、泣き顔も美しい女の顔。


 ……だが、思い出せない。


女の顔だけでなく、呼ばれた『撩』と呼ばれた名前さえもオレの記憶には無かった。
 

 たぶんそれがオレの名前なのだろうが…


しかし、何故こんなにも落ち着いて、安心出来るのだろう。

女がオレのこと知っている…ただ、それだけのことで心が穏やかになる。


 「…教授、呼んでくるね!!」


オレの手を解き放ち、背中を向けた女の腕を引き寄せた。

寝ているオレの上に覆いかぶさるようになった女の顔は真っ赤で


 可愛い…な。


思わずそんな言葉が漏れていた。


 「…りょ、う?」


女が訝しげな瞳を向けた。瞳が不安げに揺れている。

覚悟を決めなければいけない、云ってしまえば女を傷付けるだろう。

でも、いつまでもゴマかしきれない……女の肩を抱き寄せ、罪悪感に苛まれながら告白した。


 「わりぃ…お前のこと、思い出せない。」

 「えっ…。」


言葉は選んだつもりだ。だが、女には衝撃が大きすぎたのか…そのまま、気を失ってしまった。


 「誰かいないか!!」


ベッドから起き上がると、代わりに女を横たえ助けを求めた。

バタバタと廊下を走って近づいてくる足音。


 「リョウ!!」


一番最初に入ってきたのは金髪碧眼の男。

真っ青な顔でベッドに横たわる女の姿を見て、オレに掴みかかる。


 「おい、カオリに何があった!」

 「カオリって、いうのか?」


オレの言葉にふざけてんのかと、男の表情が険しくなる。


 こいつもオレを知っている。


そう確信して、男に全て話した。

此処が何処なのか、お前達のこと…そして、自分のことも解らない…と。


 「What?」


男の目が見開かれた。振り返り、白衣を着た老人に助けを求めていた。


 「ミック。 その手を離してやりなさい。」

 「教授…。」


ミックと呼ばれた男は狼狽していたが。

教授と呼ばれた老人にポンポンと肩を叩かれると落ち着きを取り戻していた。


 「撩、ワシがわかるかの?」


オレは静かに首を振った。


 「そうか。 お前さん、頭を打って此処に運ばれたんじゃ、記憶が無いのはその所為じゃろうて…。」

 「記憶が戻るのは…。」

 「さぁて、明日かもしれん、一年後かもしれん。」


教授はカオリの方を見て、フ〜ッと深い溜め息をついた。


 「香君が倒れたのは、それが原因かの?」


オレは黙って頷いた。


 「う…うぅ、ん。」


カオリが目を覚ました。何かを思い出したように勢いよく、ベッドから起き上がる。


 「教授…、撩は…。」

 「ワシらのことも、自分のことも覚えてないようじゃ。」


その言葉に呆然とするカオリ。その瞳に涙が浮かんでいるがオレは声をかける事も出来ずにいた。
 

 「お願…い、独りにして…。」

 「カオリ。」


ミックがカオリに声をかけるが、再び独りにしてと言われ…教授に促され、オレは病室を後にした。

パタンとドアが閉まると同時に漏れる、カオリの嗚咽。

先程のカオリの表情と悲しみに満ちた嗚咽に、胸が引き裂かれそうになる。


 「…教授、彼女は…。」

 「静かにしといてやりんさい。 香君は強い、すぐに立ち直る。」

 「そうですね。」

 「……。」


何故だか面白くない、二人がカオリのことを解ってるように話すことが…


 「それより、撩。 お前さんじゃ、話がある。」


教授に連れられ、書斎へと向かう。







 「CITY HUNTER…」


オレはその名前を呟いていた。

教授とミックはオレに『冴羽 撩』という男の話する。

カオリとパートナーを組んでいること、始末屋であること、常に命を狙われていることを…


 「撩、どうする…とはいっても、記憶の無いお前さんじゃ香君を守るのは難しい…自分の身すら、守れるどうか。」

 「それは…。」


教授の意見はもっともだ。それに今の話自体、オレには絵空事にしか聞こえない。


しかし、カオリと離れたくない。


目覚めた時から、あるこの思い。その手を離してはならないと、心の奥で警鐘が鳴る。


 「その必要はありません。」


突然、響いた声…カオリだった。

書斎の扉が開かれ、室内に入って来たカオリの瞳は先程と違い、強い決意を秘め輝いていた。


 「CITY HUNTERは私たち二人のことです。 何があっても、撩と離れない、独りにしない。」


きっぱり、そう言い放ち、オレの下へ駆け寄るカオリ。


 「ゴメンなさい、撩。取り乱したりて…。」


そう云って、にっこり微笑んだカオリの笑顔を見て、フイに思った。

……記憶を無くす前のオレもこの笑顔に救われていたのだろうと…


 「ほっほっほ 。流石、香君じゃ。 何の心配もいらんようじゃ。」

 「教授、ご迷惑おかけしました。」







 「じゃ、帰る…ね。」


病室に戻ったオレ達だったが、あまりの沈黙に耐え切れず。

……カオリがこの場を逃げようと、そのセリフを口にした。


 「まてよ…。」


ドアノブに手を掛けたカオリを後ろから、そっと抱きしめた。


 「ちょっ…。」

 「独りにしないでくれ…。」


記憶が無い…ということも不安材料の一つだが。

カオリが傍にいないという、その事実がオレを不安に陥れていた。


 「…傍にいてくれ。」

 「…りょう…。」


カオリの手がそっと、オレの腕に重ねられた。


 「…ゴメンね、気付いてあげられなく…て。」


不安だよ…ね、そう云って腕の中で向きを変え、オレの背中を優しく抱いた。


 「就いててあげるから、休んで?」
 「サンキュ…。 だが…。」


カオリを開放すると、目の前のドアノブを思いっきり押し開けた。

オレの行動にキョトンとするカオリ……先程から、扉の向こうでコソコソとする人の気配。 


 ゴンッ!!


 「何やってんだ…!?」


額を押さえてうずくまるミックを低くドスの聞いた声と共に見下す。

自分でも殺気を放っているのがわかる…ヤツの顔が青ざめていた。


 「い、いや〜ハハハ。 記憶が無くても、やっぱりリョウだな。」

 「失せろ!!」


吐き捨てるように云ったセリフにミックは愛想笑いを浮かべ…ジリジリと後退し、脱兎の如く走り去る。


フ〜ッと溜め息をつくと途端によろめく身体。


 「撩!!」

 「わりぃ、疲れたみたいだ。」

 「教授に…。」

 「いや、いい。 それより…。」


カオリに支えられベッドに戻ると腕の中に引き寄せた。


 「!!!」

 「…何もしない。」


 逃げられたら困るからな…


 「何もしないから、このまま…。」


身体をそっと抱きしめた、温もりと規則正しい心音が心地よい。

カオリの指が子供をあやすようにオレの髪を梳き、そっと頭を抱き寄せられた。

愛しみを湛えた微笑がそこにあった。


 「…おやすみ。」


耳元で囁かれたセリフに瞳を閉じ、オレは再び眠りに就いた      
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記憶の戻った俺はアパートを出られずにいた。



あの翌日…目覚めたら記憶は戻っており、思わず隣に眠る香を抱きしめた。


 「…ん、りょ…う?」

 「…香、ただいま…。」

 「……えっ。」

 「…だから…ただいま。」

 「うそ…。 記憶…。」

 「うそじゃない、俺だ。」

 「りょう!!」

 「わりぃ、心配かけたな…。」

 「ううん、も一度…撩に会えたから。」


それから数日間、検査のため退院を延ばし、やっとアパートに帰ってきたってワケ。



昨夜、そのことを聞きつけたミックのヤローがやってきて、とんでもないものを出しやがった。


 『独りにしないでくれ…。

 『…傍にいてくれ。


俺はソファーから転げ落ちた……マジで。まぎれもなく、ミックが病室の前をうろついてた時だ     


 「記憶のないオマエはこんなにも素直なのにな〜。」

 「テメェ〜〜。」
 

マジモードでパイソンを突きつけてやった。


 「リョウ。 ヒジョーに残念だがそのテープはダビングして、配布済みだ。」

 「ミック!!」


ブチッ。こめかみの辺りで音がする。

トリガーを引き、ミック目掛けて銃弾を放つが一瞬早くリビングのドアが閉まる。


 ちくしょう、散々人をからかいやがって。


……この様子じゃ、キャッツに行っても同様にからかわれるだけだろう。



だが、記憶の無かった俺自身の行動は…今、思い出しても確かにハズカシイ。


 「ちょっと撩!! 昼間っから、ゴロゴロしないでよね?」


いつもと変わらない、香。しかし、記憶の無かった俺にとっては聖母だった。


 「んじゃ、ゴロゴロしないように…カオリチャンにもお手伝い願いましょうか?」

 「へっ…。」


ニヤリと口元を歪めて、香を横抱きにする。


 「放して〜〜〜。」


俺の欲望を察した香は真っ赤になって腕の中で暴れる。


 「…なぁ、香。 記憶の…なかった俺がお前に一目惚れした…って、云ったら信じるか?」

 「えっ…。」


香が驚いたように視線を上げる。


 「うそ…。」

 「ホント。 あの日、ずっとガマンしてたんだぜ? だから…な?」


ダメ押しとばかりに耳朶を甘噛してやる。


 「…んっ。」


身体が小さくピクンッと跳ねた。


 「いいか…?」

 「……。」


香は黙って頷き、俺の胸に顔を埋めた。



恥ずかしそうに俯くその顔にそそられて…エキサイトしたのは、もちろん云うまでもないだろ?

 


サチ様、お待たせいたしました〜。
甘甘…がリクだったんですが
程遠いシロモノに…
スミマセン(汗)